母親は、なぜ子どもに謝るのか?

お母さんが子どもを誰かに預ける時(仕事や用事で)
「ごめんね、いい子にしててね」っていう場面。

実際にも見たことがありますし、
一般的にもイメージしやすいと思います。

ただ、わたしはものすごく違和感を覚えます。

なんで謝るんだろう?と。

たとえば・・・
お父さんが仕事に行く時、
「ごめんね、お父さんは仕事に行ってくるね」
って言うことって、そうそうないのでは?

しかも本当に小さい頃は、
もちろん個人差もありますが、
当の子ども本人は案外ケロッとしてたりするんです。

謝るというのは、
「罪」や「過ち」を詫びるということ。

子どもや、子どものいる家族との接点が増えるにあたって、
子どもに謝るお母さんというのは、
どんな罪や過ちを詫びているのかについて、
子育て経験がないわたしなりに思いを巡らせています。


子どもを預けることは罪?過ち?


ひとつは、「子どもを預ける」という行為そのものを
「罪」や「過ち」と捉えているのだということ。

「本当はお母さんがちゃんとあなたをみていないといけないのに、
知らない人に預けちゃってごめんね」

という感じでしょうか。

子どもはお母さんが育てるもの
この感覚は、映画などを観ていても、きっと昭和の日本ではすごく強かったように思いますし、
産んだひとが育てるみたいなところが、日本はまだまだ強いのでしょうか。

男性は、外で仕事をして、女性は子育てをする。
この構図がまだまだ強い。

ただ、熟年離婚の原因になるのもこのあたりですよね。

「この人はわたしが子育て(出産)で一番大変なときに全くあてにならなかった」みたいな感じの話は、
身近でも結構聞いたりします。

でもでも・・・
実際にベビーシッターで子どもと接してみてわかったのは、
お母さん一人じゃ子育ては無理ってことでした。
(どう考えても、わたしには無理だと思いました)

「できない」というよりは、
ひとりでは生命維持できない人の命を預かることをエンドレスでやっていたら、
「心のゆとりがなくなる」のです。

きっとこれは、介護も同じです。

「自分」と向き合う時間がなくなるだけじゃなくて、
常に「戦闘状態」(緊張状態)にいることで、
こころとからだがかたーくなる。

良いことも、嬉しいことも、苦しいことも、苦しいことも、
感じなくなってくる。

そうすると、たとえ可愛い盛りであっても、
「子どもの可愛さを感じられなくなる」ことにもつながる。

もし、「わたしは大変でもそうやってきた!!」っていう人がいたら、
それはそれで素晴らしいのかもしれないけど、
その大変さをひとにも求めるのは違うと思う。

だから、子どもを預けること、人に頼ることは、
「罪」でも「過ち」でもなく、
子どもを可愛いと思うために欠かせないことだとわたしは思うのです。


一緒にいたいのに離れるのは罪?過ち?


では、もしお母さんが本当は子どもと一緒にいたいのに、
仕事に行かなければいけなくて、
それを「罪」や「過ち」だと思っているのだとしたら?

「本当はもっとあなたと一緒にいたいけど、仕事に復帰しなくちゃいけないの。
一緒にいられなくて、ごめんね。」

ということになります。

この場合、わたしが気になるのは、
「お母さん自身は、本当はどうしたいの?」ということです。

「子どもと一緒にいたい」のか、
「仕事に復帰したい」のか。

優先するのはどちらなのか。

もし、
「本当は子どもと一緒にいたい。仕事には復帰したくない。」のだとしたら・・・

「わたしは、わたしの願いを叶えてあげられない」という罪や過ちを犯していることになります。

お母さんが子どもに謝るよりも、仕組みとしてできることがありそうな気がします。

じゃあどうする?


大事なのは・・・


きっと、大事なのは、
「お母さんが子どもに謝る」という状況を、放置しないこと。

「どうして謝っているのか?」
「本当はどうしたいのか?」
「何が障害で、自分の願いを叶えてあげられないのか?」

これをしっかりと聴くこと、把握すること、寄り添うこと

もし、旦那さんにもそれをするゆとりがないのであれば、第三者でもいい。
少なくともわたしはそんな役目もしていきたい。

その上で、旦那さんの状況にも、耳と心を傾けていきたい。

思うのです。

親は子どもの幸せを願い、
子どもは親の幸せを願う。

夫は妻の幸せを願い、
妻は夫の幸せを願う。

どんなに世の中が複雑になっていても、
これは変わっていないと。

もし、これが崩れてしまっているのだとしたら、
よほどの無理と我慢の末に、こじれてしまっているはずなのです。

何をするにしても、まずはそのこじれたところを
修復することがスタートになりそうです。

これは夢であり、理想ですが。
わたしは・・・
「ちょっと遊びに行ってくる」とかでも、
「ごめんね」不要で気軽に人に預けられるような子育ての仕方ができるコミュニティが作れたり、
(わたしのように、子どもに関わりたいひとが、関わりたいタイミングで関われるような仕組みとか)
仕事をするにしても、誰も我慢せず、子育て世代もそうでない世代も、
より短時間の拘束で柔軟な働き方ができるようにしていきたいと思うのです。

都会では、その難しさも感じているから、
田舎で「教育」と「仕事」の面をクリアできたら、それができるんじゃないか?とか妄想しております♪

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