わたし、アーティストだった。

「食の専門家」「料理教室の先生」であることを捨ててから、わたしの職業は「魔女」と表現するようになったんですけど。


撮影は鈴木香那枝さん。

今日、ふと「あ、わたしアーティストなんだ」っていうのが降りてきた。というか、しっくりきてしまいました。

「食を通じて生き方を表現する」アーティストです。

すでにアーティストとして生きていた

もうね、初めてつくる料理って「インスピレーション」が湧いてくると、作らずにはいられないんです。
何もかも投げ出して、すぐに作りたい。(今も、酵素玄米パンをすごい勢いで仕込んだところw)

逆に何も湧いてこない時は、作るのが苦痛ですから、つくらないようにしてますw

なにより、「伝える」「教える」よりも「表現する」の方が、自分に合っているのだと気づいたんですよね。

わたしの料理は味はもちろん、素材や素材の背景、作り方、うつわ、盛り付け、食べてくれる人、食べている時間、そして、作っているわたしも全部含めて作品だから。

食べ終わったらなくなってしまう作品だから、写真にもこだわりたいし、きちんと残してあげたい。
思えば、そんな気持ちから、一番最初に思い切って一眼レフを買ったりしてるんですwww

ここに至るまでに、わたしはたくさんのメッセージをもらっていて。
スティーブ・ジョブズ氏の映画を見て、号泣したり(あの方は、間違いなくアーティストですね)
書道家の武田双雲さんの話を聴いて、ものすごく感動したり・・・

あとは、なにより牧野真弓さんに、焚き火を囲みながら今後のわたしのビジョンを見てもらったのが大きかった!!

アートがなくても生きていける

アート(芸術)って・・・
なくても人間は生きていけるものなんです。

歌がなくても生きていける。
写真がなくても生きていける。
絵画がなくても生きていける。
ダンスがなくても生きていける。
彫刻がなくても生きていける。
書道がなくても生きていける。

だけど、アートに触れて、
こころが豊かになり、からだが反応し、そのひとの人生が彩られる。

アーティストとして生きるために手放すこと

わたしが表現したい「食」は、
ただおいしく食べれられるものではなく、
ただ健康に寄与するものではなく、
そのひとの人生を豊かに彩るためのもの。

でも、アートは人に押し付けるものではなく、
その人が自由に感じて、生かしていくもの。

だから・・・
それを受け取ったひとが、どのように感じるのか、
そこからどのように変わるのか、
なによりそのひとの人生が彩られるのかどうかという結果や評価を手放そうと思います。

それは受け取る側にも自由であって欲しいという気持ちとともに、
わたし自身がそこを目的にした瞬間に、それはわたしの作品ではなくなってしまうことにやっと気づいたから。

わたしは、わたしが感動する作品を生み出すことに集中しようと思います。
そして、これからはわたしの作品に触れてもらう機会を増やしていきたいと思っています。

わたしの作品に触れたら、
人生変わっちゃうから。

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