魔女の食卓〜第1話

お邪魔します、と言って鍵のかかっていないドアを開けると、

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「月ちゃん、ほんと久しぶりね、スリッパどうぞ。」と、カラッとした笑顔のあかりさんが出迎えてくれる。
今日はあかりさんの家で夕食を呼ばれるのだ。

あかりさんは、わたしの職場の先輩。
といってもそれは入社当初の話で、今は自宅で料理教室を開いている。

わたしが入社をしてまもなく、あかりさんが会社を辞めてしまったから、
一緒に働いていた期間はほとんどなかった。

けれど、あかりさんが担当していたお客さんをわたしが引き継いだこともあって、
会社を離れてからも何度かやり取りをして、自然と親しくなった。

あかりさんが会社を辞めた理由は、きちんとは教えてくれなかったけれども、
色々思うところがあったのかもしれない。

あれから随分経った今も、時々こうやってわたしのような前の職場つながりの人や、
あかりさんの友人を招いて食事会を開いてくれる。

美人で仕事ができて、それでいて気さくでやさしくて、あの頃からずっと、憧れの先輩だ。

それに、あかりさんのつくるごはんは、不思議なくらい何を食べても美味しい。

何がどうというのは、うまく言い表せないのだけれど、一度食べたら、なぜか忘れられないのだ。
そして、また食べたくなる。

特別なことは何もしてないのよ、とあかりさんは言うけれども、今の料理教室も、あかりさんの料理を食べて感動し、料理を教えて欲しい、という人たちに教え始めて、自然とそういう形になっていったそうだ。

暮れかけている日が、大きなガラス窓から差し込んでいる。

木の香りがする、なぜか落ち着く部屋。誰かの家でくつろいだ記憶はほとんどないのに、不思議だ。分厚い木のダイニングテーブルの上には、ちょこんとお花が飾ってある。

部屋には、すでにおいしそうな匂いが漂っている。

コート掛けに着てきたコートをかけ、何か手伝おうとキッチンの方に行こうとすると、大丈夫よ、座ってね、とソファを促される。

「寒かったでしょう?ごはんはもう出来てるから、ちょっとこれ飲んでてね」と、ソファに腰を下ろした月子に差し出されたのは、
白い陶器の湯飲みに入った薄いピンク色のあたたかい飲み物。

湯飲みを鼻先にそっと近づけると、ふんわりと甘酸っぱい香りがする。
あ、これは前にも飲んだことがある。わたしが好きなやつだ。あかりさんお手製の紫蘇シロップをお湯で割ったもの。甘いのだけど、甘酸っぱさがふんわり薫る、やさしい飲み物。

…ほっとするな。不思議と何かが、ゆるんでくる。
ゆるんできたのを自覚して初めて、気が張っていたことに気づく。

つづく

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