魔女の食卓〜第2話

他に誰かが来る気配がなかったので、
「あかりさん、他には…」とキッチンに立つあかりさんに向かって話しかけると、

「そうそう、今日たまたまなんだけど、月ちゃんだけなの。せっかくだから、ゆっくりしてってね。」と、
あかりさんは菜箸を片手にわたしに笑いかけた。

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あ、そうなんですね、と答えながら、珍しいこともあるんだな、と、
いつもにぎやかなあかりさんの食卓を思い出しながら思う。

ふと思い出して、
「そういえば今日、海ちゃんは…」と月子が聞くと、
「今日はね、朝からさんと、おばあちゃんの家、あ、カズさんの実家に遊びに行ってるのよ。
きっとあちらでご飯食べて、帰りの車で寝ちゃうわね。
そういう意味でも、月ちゃんゆっくりできるわね。」とおかしそうに笑う。

海ちゃんは、あかりさんの一人娘。もう5歳くらいになるだろうか。
すごく子どもらしくて可愛いのだけど、
月子は特に気に入られてしまっているらしく、
会えば遊んで遊んで攻撃がすごいのだ。

あかりさんの旦那さんのカズさんには、
一度しか会ったことがないけれど、子煩悩で優しそうな人だ。

わたしもいつか、こんな家庭が持てるかな、
といつも考えてしまうのだけれど、家庭の前に…彼氏すらいないのだ。

まあ、わたしは仕事で精一杯だけど。

と思いつつ、
正直うらやましい気持ちと同時に、
どこか焦りのような気持ちも頭をかすめるのは、いつものことだ。

あかりさんの方に目をやると、手際よく料理を盛り付けている。
こんな風に優しくて料理上手で、
しかもあかりさんのように美人だったら、
こういう素敵な家庭を築けるんだろうな、と頭の中で勝手に納得する。

「お待たせ」と月子の目の前に置かれたお盆には、一品ずつ小さめの器に丁寧に盛りつけられた、ひとり分の定食が湯気を立てている。

「今日は、鶏肉の塩肉じゃがに、さつまいもの塩煮、あとはレンコンとにんじんのお味噌汁に酵素玄米ね。」

湯気とともに鼻に匂いが届くと、一気に食欲が湧いてきた。
「はぁ…おいしそう」と思わず声が漏れる。

「あったかいうちにどうぞ」と、あかりさんは自分の分のお盆を運びながらほほえんだ。

「はい、じゃあ、いただきます」と箸をとり、まずはおおぶりな蓮根とにんじんが入っているお味噌汁のお椀を手に取る。

白い湯気が昇っていくのを見ながら、
まずはおそるおそるひとくち汁をすすると、
じんわりとやさしくてまあるい旨味が口の中に広がった。

なんだか全身がふわっと何かやわらかいものに包まれたような気がして、思わず、「はぁ」と大きなため息をついた。

「おいし…」とつぶやく月子を見て嬉しそうな顔をすると、
あかりさんもお箸を手に取った。

月子は、ずっしりと重みのある蓮根をかじると、
想像よりもやわらかく、つーっと糸をひいた。

噛み締めると、しゃきしゃきとなんとも小気味良い音がする。蓮根って、おいしいんだな、と思った。

皮ごとやわらなくなるまで煮込まれたにんじんも、うまく言えないけど「にんじん」という味がしっかりとする。それに甘かった。

骨つきの鶏肉が入った肉じゃがは、普通の肉じゃがと違って、塩味に煮込まれている。
じゃがいもも、にんじんも皮付きだ。

最初にじゃがいもをひとくち頬張ると、噛むうちにさらっとほどけて、じゃがいもがたっぷり吸い込んだ煮汁が口の中に広がった。
ただの塩味かと思ったら、なんとも広がりのある旨味でびっくりした。あ、これめちゃくちゃおいしいな。

次は鶏肉…と、骨つきの鶏肉を箸でほぐそうとしていると、あかりさんがそれを見て、

「月ちゃん、この鶏はこうやって食べるのよ」
と、おもむろに手で鶏肉を掴むと、大きな口を開けて縦に口の中に入れた。
ちょっとびっくりしている私の方を見つつ、にやっと笑うと口の中から綺麗に身の取れた骨だけを取り出した。

「おお!」とあかりさんらしくない大胆な食べ方に月子が驚いていると、
月ちゃんもほら、と言わんばかりに笑顔で肉じゃがを指す手振りをした。

月子は箸を置いて、鶏肉を掴むと、縦に口に入れた。
思ったよりもほろほろと柔らかい鶏肉は、口の中で簡単に骨から外れた。

しっとりとしていて、皮のところはぷりっとしていて、これがまたなんともおいしい。

ついつい無言で食べ進めそうになっていたら、
「味、薄くない?」とあかりさん。

「はい、ちょうどいいです、というかおいしいですね、ほんと。」

よかった、といってあかりさんは笑うと、ふっと真顔になり…

つづく